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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)1015号 判決 1985年3月18日

原告 湯浅鐐介

<ほか二名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 西田公一

同 遠藤直哉

被告 羽田鋼業株式会社

右代表者代表取締役 藤田貞重

<ほか一名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 百瀬和男

同 坂井興一

主文

一  被告羽田鋼業株式会社は原告らに対し

1  別紙物件目録第三記載の建物の内別紙図面記載の符号で囲まれた(①―1及び①―2―1)部分並びに同図面記載の符号で囲まれた(②―1、③、④、⑦―1及び⑨)部分の工作物を収去し、同目録第一の一記載の土地を明け渡せ。

2  金八〇万円及び昭和五四年七月一九日から右明渡済まで一か月金四〇万円の割合による金員を支払え。

二  被告羽田鋼業株式会社は原告湯浅鐐介に対し別紙物件目録第三記載の建物の内別紙図面記載の符号で囲まれた(①―2―2)部分並びに同図面符号で囲まれた(⑤、⑧)部分及びで囲まれた(②―2、⑥、⑦―2)部分の各工作物を収去して同目録第一の二記載の土地を明け渡せ。

三  被告藤田貞重は原告らに対し

1  別紙物件目録第四記載の建物から退去して同目録第二記載の土地を明け渡せ。

2  昭和五三年七月一日から右明渡済まで一か月金二万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告ら)

1  主文第一ないし第四項と同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の原因(原告ら)

1  訴外亡湯浅幸作(以下「亡幸作」という。)は、別紙物件目録第一の一記載の土地(以下「第一の一の土地」という。)を所有していたが、昭和三八年一一月死亡し、右土地について、亡幸作の妻である原告羽田(ママ)稲子、長男の原告羽田(ママ)鐐介(以下「原告鐐介」という。)次男の同羽田(ママ)晋治(以下「原告晋治」という。)が共同相続し、右原告らの共有となっている。

原告鐐介は、別紙物件目録第一の二記載の土地(以下「第一の二の土地」という。)を所有している。

2  訴外前田鉄筋工業株式会社(以下「前田鉄筋」という。)は昭和三五年四月二六日に設立され、訴外前田長次(以下「前田」という。)が代表取締役となった。前田鉄筋は、昭和四三年五月一日に商号を変更し、被告羽田鋼業株式会社(以下「被告会社」という。)となった。そのとき以来現在まで代表取締役は被告藤田貞重(以下「被告藤田」という。)である。

3(一)  亡幸作は、昭和三七年二月二三日、第一の一及び二の土地(以下総称して「本件土地」ということがある。を、前田鉄筋に対し賃貸した(以下「本件賃貸借」という。)。右本件賃貸借契約は次の理由により借地法の適用のないものである。すなわち本件賃貸借においては、借地法による借地権を設定する趣旨で借主が建物を所有することは認められておらず、本件土地は、材料置場及び鉄筋組立作業をする場所として使用するためにのみ賃貸されたものである。ただ、盗難防止のため番小屋を設置することは認められていたが、そのことは建物建築までを認めることを意味するものではなく、番小屋の敷地部分についても一時使用の目的でのみ借地権を設定したものであり、右敷地部分についても借地法第二条ないし第八条は適用されないものである。

なお、被告藤田が居住し、占有している別紙物件目録第四記載の建物(以下「第四の建物部分」という。)の敷地の本件土地に対する割合は六パーセントに過ぎず、仮に原告らがこれを黙認していたとしても、そのことによって、本件賃借が借地法の適用を受けるものであることにはならない。

(二) 以上のごとく本件賃貸借は、借地法の適用のないものであったので、契約期間は一年ないし三年とされ、昭和三七年より三年間、同四〇年より二年間とし、同四二年からは一年間毎に契約をし、その都度右(一)の場合と同一内容の契約書が作成された。そして、昭和五三年二月末に、本件賃貸借は期間満了により終了した。

(三) 被告会社は、本件土地上に主文記載の建物及び工作物を所有して本件土地を占有している。別紙物件目録第三記載の建物(以下「第三の建物」という。)は、木造バラックで、被告らは固定資産税も支払っていない。また、それ以外は単なる雨よけ、棚、簡易な物置、移動可能な仮設便所、簡易車庫などいずれも臨時的仮設工作物や解体又は移転可能なものである。)。

(四) 被告藤田は、第四の建物部分に居住して、同建物の敷地部分である同目録第二記載の土地(以下「第二の土地部分」という。)を占有している。

(五) 被告会社は、昭和五二年八月二六日、本件賃貸借の終了時である昭和五三年三月一日以降の使用損害金として賃料二〇万円の倍額四〇万円を支払う旨約した。

しかるに、被告会社は同年三月から六月まで一か月二〇万円を支払い、同年七月から八月まで一か月二〇万円、同年九月から昭和五四年七月まで一か月一〇万円、昭和五四年八月以降一か月二〇万円を供託した。そこで、原告らは、これを昭和五三年七月一日から同五四年七月一八日までの一か月四〇万円の割合による損害金五〇三万二二五八円の内金として充当、受領した。

(六) 被告藤田が占有している土地の部分(第二の土地部分)は、本件土地の六パーセントであるので、同被告は原告らに対し、その割合に応じて使用損害金一か月二万四〇〇〇円を支払う義務がある。

4  合意解約

仮に、被告会社の所有する第三の建物の敷地部分につき借地法の適用があるとしても、昭和五二年八月二六日、原告らと被告会社との間で本件賃貸借は合意解約され、同被告は昭和五三年二月末日までに右建物敷地部分を含む本件土地全部を明け渡すことを確約し、もし、右期限までに明け渡さないときには、同被告は原告らに使用損害金として一か月につき四〇万円を支払うことを約した。

5  原告らは被告に対し、次の(一)又は(二)の理由により、原告らの昭和五六年四月三〇日付準備書面(昭和五九年一月二六日第二六回口頭弁論期日に陳述して被告らに到達)により、本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした。

(一) 用法違反

本件賃貸借においては、借主は、材料置場又は鉄筋組立作業をするためにのみ本件土地を使用することができると定められ、また、盗難防止のための仮設の番小屋建築を許すとしても本建築は認められていなかった。

従って、第三の建物が盗難防止のための番小屋でなく、居住用の本建築であるとすれば、原告らに無断で右建築をしたことになり、そのことは用法違反となる。しかも、昭和五五年六月には、被告会社は原告らの抗議を無視して全面的改築を行ったものであり、これは著しく背信的な行為である。

(二) 無断転貸

被告会社は、本件土地を原告に無断で第三者二〇名ないし三〇名に駐車場として転貸しており、これは背信的無断転貸である。

6  よって、原告らは、被告会社に対しては本件賃貸借の終了(期間満了、合意解約又は債務不履行による解除)に基づき、被告藤田に対しては所有権に基づき主文記載のとおりの建物収去(又は退去)及び土地明渡し並びに賃料又は賃料相当損害金の支払を求める。

四  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因第1項は不知

2  同第2項は認める。

3  同第3項の(一)は、亡幸作と前田鉄筋との間で、昭和三七年二月二三日、本件賃貸借が締結されたことは認め、その余は否認する。

本件賃貸借には、借地法の適用があり、右期間の定めは借地人に不利なものであるから無効であって、契約の時から三〇年間存続する。仮に、当初昭和三七年に契約した時点では一時使用のためであったとしても、賃借人を前田鉄筋から被告会社とした昭和四四年以降は、その時点ですでに建てられていた建物の存在を前提とした契約が、されていたのであるから、右時点から借地法の適用のある賃貸借となった。

また、仮に本件賃貸借が締結された時点で、一時使用のためのものであったとしても、すでに存続期間をはるかに超えて一〇数回にわたり更新され、借地全体に工場、事務所、住宅、宿舎等が建築されており、これに対し原告ら側から何ら異議が述べられたことはなく、右建物の存在を前提とした契約が一五年間にわたって更新、継続してきたものであり、被告ら側において借地権の存在を確信するようになっている。

また、被告会社は会社従業員及びその家族らの生活を守る重大な責任がある。

右のような点を考慮すると、本件契約には、借地法の適用のある借地権に転換する効果を認めるべきである。

同項(三)は、被告らが本件土地上に建物、工作物等を所有して本件土地を占有していることは認める。ただし、本件土地上には、第三の建物を含め、工場、事務所、住宅、宿舎等が設置されていることは、前述のとおりである。

同項(四)は認める。

同項(五)は、金銭の支払及び供託の事実は認める。ただし、賃料として供託したものである。その余は否認する。

同項(六)は争う。

4  同第4項は否認する。

5  同第5項(一)は否認する。

第三の建物は、亡幸作の了承のもとに建築されたものである。

仮に亡幸作の承諾がなかったとしても、昭和三七年に建築されて以来、この建物の存在を前提として、一〇数回にわたり本件賃貸借が更新され存続してきたものであるから、原告らの黙示の承認があったものというべきである。

また、本件賃貸借に改築禁止の約定はないうえ、子供部屋雨漏の修理、を必要やむを得ず行ったものである。

同項(二)は否認する。

本件土地上に駐車している車は、被告会社や元請会社のもの、従業員のものなどであり、また近所の人から路上駐車ができないためと依頼されて、必要に応じ随時一時的に駐車を認めているに過ぎない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1項については、《証拠省略》によって認めることができる。

二  請求原因第2項については当事者間に争いがない。

三  請求原因第3項について

1  《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。すなわち

(一)  本件土地の内、第一の一の土地は、原告らが、昭和三八年一一月一日、亡幸作の死亡により共同相続人として取得し(原告稲子は亡幸作の妻、同鐐介は長男、同晋治は二男である。)、第一の二の土地は、遅くとも昭和二四年ころまでに原告が祖父から相続により取得したものである。

(二)  本件土地では、戦前、亡幸作が内科・外科病院を経営していたが、昭和二〇年に戦災により建物が消失した後は、亡幸作の家族などが野菜を作るなどしており、亡幸作のおいにあたる吉澤正常(以下「吉澤」という)が本件土地を管理していた。

(三)  昭和三七年二月、建物の構造用鉄筋の加工を業とする前田鉄筋を創立したばかりのその代表取締役前田とその長女の夫である被告藤田は、かねて探していた鉄筋等の加工場の対象地として、当時不動産業を営んでいた株式会社山喜商事の社員であった藤井英太郎(以下「藤井」という)の仲介で本件土地を借用することを希望し、同年二月二三日、亡幸作との間で(第一の二の土地については、亡幸作が原告鐐介の代理人又は使者として)、前田鉄筋が本件土地を借り受ける旨の本件賃貸借を締結し、同日、土地一時使用契約書(以下「本件契約書」という。)を取り交わした(本件賃貸借の締結については争いがない。)。

(四)  本件賃貸借の締結に際しては、亡幸作側から前田鉄筋側に対し、近い将来本件土地上に、当時慶応大学医学部在学中の原告鐐介らが病院を建設する予定であるから、その際には速やかに本件土地を明け渡すようにとの申入れがされ、その趣旨で、本件契約書にも、本件土地の使用契約は借地法による借地権ではなく、材料置場及び鉄筋の組立作業場として一時的に使用するものであること、土地使用期間は昭和三七年三月一日から同四〇年二月末日までの三年間とすること(協議による更新は可とされ、以後昭和四〇年に二年間昭和四二年から同五二年(五三年二月末日が最終期限)まで一年毎に更新された。)、仮設建物以外の本建築等はしないこと(ただし盗難防止のための番小屋の設置は認める。)、などの条項が記載され、当初の地代は一か月七万円(以後、昭和四〇年の更新時に一二万円、昭和四七年の更新時に一八万円、昭和五二年の更新時に二〇万円に値上げされた)で、近隣相場よりも相当程度低額であり、敷金、保証金等は無しとされた。

(五)  ところが、その後間もなく、被告側では、盗難防止の目的と称して本件土地上に、工場用屋根の他に(木造平家の簡易なものではあるが)第三の建物を建築し(保存登記は原告側が昭和五九年に仮処分のために代位してするまでは未了で、固定資産税も被告らは支払ってこなかった。)第四の建物部分に被告藤田が妻子と共に居住し始め、昭和三八年には、被告藤田は、従前居住していた東京都墨田区太平から本件土地に住民票上も転入した(右建物を建築し、居住することについて、被告ら側が亡幸作又は原告ら側の明示の承諾を得たことは、本件証拠上認められない。)。

(六)  その後、本件賃貸借は、昭和四〇年に賃料を一か月一二万円として二年間更新され、更に昭和四二年三月に地代を同じく一か月一二万円として一年間更新されたが、昭和四二年末に前田鉄筋が多額の負債を負って倒産し、前田を会長とし、被告藤田を代表取締役とする被告会社(資本金五〇万円登記された役員四名)が設立され、前田鉄筋の営業を実質的に引き継いだ。園田馨(以下「園田」という。)は、右倒産前後から、前田鉄筋や被告会社の経理事務を行うようになり、被告会社の設立に伴い、その取締役となったが、前田は、そのころ、右園田とともに吉澤を訪れ、前田鉄筋の倒産と被告会社の設立や、実質的に両者は同一であるので、本件賃貸借の当事者も前田鉄筋から被告会社に名義を変更すること、以後被告会社側の本件契約の担当者は園田とする旨申し入れ、吉澤は、あらためて、本件土地上には近い将来原告ら側で病院建設の予定であり、その際は明け渡すよう前田、園田の了承を得たうえ、右申入れを承諾し、吉澤からその旨連絡を受けた原告鐐介もこれを了承した(契約書上は、昭和四四年三月六日付更新の分から土地使用者が被告会社である旨記載されている。)。その後、本件賃貸借の更新は、毎年三月に、本件契約書とほぼ同旨の文言を藤井のところで記載したものを藤井が被告会社の園田のところへ持参し、園田が右被告名の印を押印する形で行われ、賃料は、園田が毎月吉澤のところへ届けていた。

(七)  原告鐐介は、大学卒業後、出身大学関係の義務としての関連病院への勤務をしたりしていたが、昭和四一年八月ころからハーバート大学医学部に留学して同四三年に帰国し、大学の医局に勤務した。そしてそのころ、吉澤の家に、前田、園田、藤井を集め、右三人に対し二、三年後には病院を建設するので立ち退いて欲しい旨申し入れ、前田及び園田の了承を得た。そして、その後も本件賃貸借は一年毎に更新され、昭和四七年ころからは、原告晋治(順天堂大学医学部勤務)とともに病院建設に着手しようとする原告鐐介は、病院建設のための融資先と具体的な接触を開始し、本件契約更新の都度、吉澤や藤井を通じて、又は直接園田や、時には前田に対し、間もなく当初の趣旨どおり本件土地を明け渡してもらうことになる旨告知していた。

(八)  その後、最後の更新となった昭和五二年八月二六日付契約の後、昭和五二年八月ころ、原告ら側は、原告鐐介から藤井を通して被告ら側に対し、期限が満了する昭和五三年二月末日限り本件土地を明け渡すよう申し入れ、右申入れは、藤井から園田に対して行われ、園田から原告ら側に対し、それを承諾し、期限に明け渡さない場合には一か月四〇万円の割合による損害金を支払うことを約す旨の誓約書が交付された。なお、右誓約書は、従前の本件契約書及びそれを更新する旨の書面の場合と同様に、藤井のところで記載した文面に、園田が被告会社名のゴム印及び代表者印を押捺したものであるが、その際、園田が誓約書の内容を個別的具体的に被告藤田に示し、被告藤田の明示の了承を得たかについては必ずしも明らかでなく、前田は、昭和五三年一月に死亡した。

(九)  その後、昭和五三年五月ころ、被告ら側から、移転先を捜しているのでもう少し待って欲しい旨、吉澤を通じて申入れがあり、原告鐐介の方で、移転先が見つかるまで猶予する旨伝えたところ、更に、同年七月ころもう一度延期して欲しい旨の申入れがあった後、同年八月、「半分しか返還できないこととなったので、原告側によろしく伝えて欲しい」旨の連絡が、原告鐐介に対し、被告藤田から、吉澤を通じてされた。

(一〇)  原告鐐介が本件土地上に建設を予定している病院は、右原告の弟で順天堂大学の外科の教授の原告晋治と共同で経営するものであり、規模は、医師数三名、ベット数三〇ないし四〇、手術室、麻酔室、回復室、リハビリテション、レントゲン設備室等を備えた外科病院であって、本件土地をいっぱいに使用する見込みである(原告ら医師の住居も含まれる。)。

(一一)  本件土地上には、ほぼ請求原因第3項(三)記載のとおりの建物及び工作物が設置されており、第二の土地部分の面積は本件土地面積の約六パーセントにあたる(被告会社が本件土地を占有していること、被告藤田が第四の建物部分に居住して、第二の土地部分を占有していることについては争いがない。)。

2  以上の認定事実及び右認定に用いた前出各証拠に基づいて判断すると、本件賃貸借の内容及び効力は、次のとおりである。すなわち、昭和三七年、亡幸作と前田との間で(第一の二の土地については、亡幸作が原告鐐介の使者又は代理人として)、前田鉄筋の材料置場及び鉄筋の組立作業のために、近い将来原告鐐介が本件土地に病院を建築するまでの間のものとするとの合意のもとに、一時使用の目的であることを明示して締結され、借地法二条ないし八条の適用を排除する(同法九条)趣旨のものであった(敷金、保証金についての約定がなく、土地一時使用契約書の第七条に、盗難防止の目的での番小屋の設置のみ認める旨ことさら記載されていることも、通常の建物所有の目的の賃貸借でなかったことを、強くうかがわせるものである。)が、被告ら側は、契約締結後間もなく右約定を無視して第三建物を建築し、第四建物部分に被告藤田とその家族が居住した。その後昭和三八年に亡幸作が死亡し、同四二年に前田鉄筋が倒産し、被告藤田を代表者とする被告会社が本件賃貸借を引き継いだころから、原告側は、仲介業者である藤井に、被告側は経理担当取締役の園田に本件契約事務の一切を一任し、代行させるような形となり、以後、原告の内部事情により病院の建設が延び延びになるままに、右藤井と園田との間で、いわば機械的に一年毎に、従前の契約書と年月日以外は同一文言の、土地一時使用契約書と題する書面を取り交わし、本件賃貸借は更新されてきた。その間、原告鐐介は、藤井を通して園田あるいは前田に対し、本件賃貸借の前記のような趣旨を時折確認し前田の了承を得ていたが、更新の都度それが被告藤田に伝達され、同被告が明示的にそれに対して了承の意思を示していたかについては証拠上必ずしも明らかでない。しかしながら、少なくとも、前田鉄筋との間の本件賃貸借締結、前記被告会社設立及び被告会社が本件賃貸借を承継したいきさつなどからみて、本件賃貸借が当初一時使用の目的のものとして開始されたこと、その後特にその目的を明示的に変更したことがないことは、被告藤田としても了知していたものと認められ、また、前記園田の立場からみて、その後の更新事務が園田によって処理されたものであっても、それは、被告会社の事務を、被告会社代表者藤田を代行して行ったものとして、被告会社との間で効力を生じていたものというべきである。

なお、右の点について被告側は、園田が被告会社代表者藤田に無断で行っていたとの趣旨で、昭和五二年の更新時における契約書の成立を否認するが前記園田の立場と、園田が本件賃貸借に関与するようになった経緯などからみて、右契約書の作成についても園田が本件賃貸借について、被告会社の事務を担当していた正当な権限に基づいて行ったものと認めるのが相当である。

従って、このように、本件賃貸借の当初から、原告らの近い将来の病院建設までの間の賃貸借であることについて当事者が相互に了解し、一時使用の目的であることが明示され、その後特段にそれが変更されることもなく更新されてきた場合において、たとえそれが約一五年間にわたり、更新回数一二回に及び、途中からはほぼ機械的に一年毎に更新するような形となっており、土地の一部に居住用建物が、契約後間もなく設置され、被告藤田が居住し始めたのに対し、原告側がそれを阻止したり、強く異議を述べたりするなどの措置をとらなかったことなど原告側にある程度のうかつさがあったことを考慮しても、なお、原告らと被告会社との間の本件賃貸借は、一時使用の目的のものであることを維持しているものというべきであり、少なくとも、契約開始間もなくのころから明示の契約内容に違反して、(登記をせぬまま、固定資産税も支払ってこない状態の簡易なものではあるが)居住用建物を建築し、原告ら側の好意的あるいはうかつな態度によって、それに対して特段の異議も述べられなかったことを奇貨として、借地法の適用のある建物所有を目的とする賃貸借であると主張することは、信義則上も許されないというべきである。

そこで、本件賃貸借は、最終更新時に定めた期限満了の日である昭和五三年二月末日限り、期間満了により終了したものと解するのが相当である(被告藤田について、本件賃貸借以外の第一の一の土地に対する独自の占有権原の主張立証はない。)。

3  本件土地上に、被告会社が建物、工作物を所有し、本件土地を占有していたことについては、前記のとおり争いがなく、その余の請求原因第3項(三)記載の事実が認められることは、前記2で説示したとおりである。

4  請求原因第3項(四)については当事者間に争いがない。

5  原告ら側と被告会社との間で、昭和五三年三月一日以降本件土地の明渡済までの損害金を一か月四〇万円とする旨の約定がされたことは前記説示のとおりであり、賃料又は賃料相当損害金の支払及び供託、充当の事実が請求原因第3項(五)記載のとおりであることについては当事者間に争いがない。

6  弁論の全趣旨によれば、第二土地部分の面積の本件土地面積に対する割合が六パーセント強であることが認められることは前記説示のとおりである。

7  よって、その余の点について判断するまでもなく本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項を適用し、仮執行の宣言については相当でないから却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 池田亮一)

<以下省略>

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